FRISK JOURNAL

2017.12.27 Wed

「結ぶ」行為がもたらす日本の心を世界へ届けたい
/水引デザイナー 長浦ちえ

 

お祝いごとに欠かせないご祝儀袋。たいていは紅白を基調にしているが、ここ最近はピンクや蛍光色を使ったポップなデザインが増えている。そのブームの牽引者が、「水引(みずひき)デザイナー」の長浦ちえだ。

「結ぶ」行為がもたらす日本の心を世界へ届けたい

水引とは祝儀や不祝儀、贈答品や封筒にかける紅白や黒白などの飾り紐のこと。帯紐としてだけでなく、鶴や船などの置物や髪飾りとしても使用される、日本の伝統的な工芸である。

左/「金封(ご祝儀袋)/結婚祝 スタイリッシュ・クラシック」
中/「金封(ご祝儀袋)/結婚祝 パリジェンヌ」
右/「金封(ご祝儀袋)/結婚祝 スタイリッシュ」
すべてデザインステーショナリー・雑貨メーカーの株式会社マークスの依頼で製作されたもの。なかでも、水引で富士山を表現したご祝儀袋は高い評価を受け、人気を集めた

日本の伝統を敬い、愛しながらも、そこに斬新な視点を取り入れて「水引デザイナー」という新たな職業まで生み出してしまった。彼女の自由なひらめきの根源に迫る。

水引との出会いは「日本の文化」
が背景にあったから

長浦ちえが水引と出会ったのは24歳。きっかけは、雑貨などの企画メーカーに就職し、水引飾りや企画のセールスプロモーションなどを企画・デザインする部署に配属されたこと。高校で美術にのめり込み、美大に進学。専攻は油絵。そんななかで水引に惹かれた。

「正確には、水引にではなく、会社説明にあった『日本文化や伝統を背景に、商品を作る』という一文に惹かれたんです。子供の頃から“ハレの日”が大好きでした。大晦日からお正月にかけて、人波でごった返していた雑踏が飾り付けをされて清められ、街が変わっていく感じや、お正月を迎える直前の一瞬の静けさ。初詣の晴れやかな姿とおごそかな雰囲気。そういったものが大好きだったんです。

漠然と、ご縁というものについて考えていたり、目に見えないなにかを敬うことは、とても大事なことだと幼心にも思っていました。なので、日本文化というキーワードに惹かれ、今お仕事をしながら幼い頃の記憶を思い出し、水引との出会いが必然だったのだと思っています」

そもそも水引とは、ご祝儀袋や贈答品などにかける飾り紐のことを指し、細工をする前のまっすぐな紐の状態のものを「生水引(なまみずひき)」、それで作った飾りを「水引細工」や「水引加工」などと呼ぶ。

 

奥にあるまっすぐの紐状のものが「生水引」。水引素材、水引紐ともいう。3尺(約90cm)が基本。手前の作成中のものが細工をしている様子。生水引を留めたり、束ねたり、結んだりしながらさまざまな形を作る

就職した長浦が最初に始めたのは、水引を編む練習だった。まずは3本の水引を使って、基本のあわじ結びを作る。それができるようになったら、5本、7本、10本と本数を増やしたり、複雑な結び方を練習。ある程度、結び方を覚えたところで、ご祝儀袋の企画デザインを任された。しかし、ここで大きな壁にぶつかることになる。

売れるものと好きなものの狭間で
見いだした自分の「居場所」

「私の好きなものは、売れるものではなかったんです。美大時代は、『自分の世界を描きなさい』と言われ続けて、白いキャンバスに向かうのが怖いとまで感じたほどでした。ところが会社では、自分の世界ではなく“世の中に受け入れられるもの”を求められる。上司からも『作品じゃなく、“商品”を作れ』とよく言われていましたね。

美術というある種、特殊な世界で育ってきてしまったので(苦笑)、これまで『自分の世界観を出せ』と言われ続けてきたのに、それが社会ではまったく通用しないということが驚きでしかなかったんです。同時に、一般受けするものと自分の好きなものがこんなに違うということも驚愕でした。ただ、それで腐るわけではなくて、『世の中ってそうだったんだ!』という発見に近い驚きというか。『じゃあ、売れるものってなんだろう?』と悩みはしましたが、その差を探っていくこと自体は嫌いではなかったです」

その言葉の通り、半年もすると、長浦は自分の得意分野を見出す。それは、専門店の企画商品だ。

「専門店は、『高額でも面白いもの』『お店のカラーが出るもの』という方向性がはっきりしたものが多く、自分がそのお店のファンになった気持ちで作れるのでイメージしやすかったんです。このあたりから仕事が楽しくなって、思いついたデザイン案を企画室の壁一面にどんどん貼っていったりしました。頼まれもしないのに(笑)」

パリでも貫いた「目の前のことに
全力で向かい合う」スタンス

長浦のスタンスは、いつもシンプルだ。24歳まで水引と接点がない生活を送っていたからといって、変に気後れすることはなく「日本の文化を表現したい」という気持ちに素直に向き合う。好きなものと売れるものが違うなら、売れる前提で好きなデザインを考えてみる。常に、「こうしたい」という思いにピュアであり続けていて、余計な思考にとらわれない。それは、その後のフランス滞在時のエピソードにも表れている。

パリでも貫いた「目の前のことに全力で向かい合う」スタンス

就職から約1年後、フランスに1年間滞在する機会を得た長浦は、水引を広めたいという思いを抱いてパリへと向かう。到着後から精力的に動き回ってアポを取り、数店からは作品を見せてほしいとも言われ、すべてが順調に進んでいた。その矢先、フランス流の手痛い歓迎にあう。

「あるフランス人マダムのお店に行ったとき、最初は約束した条件でいいと言ってくださったんですが、いざ作品を持っていくと『そんなことは言ってない』と手の平返し。日本人の旦那さんに『それはおかしいんじゃないですか? と通訳してください』と言っても、うやむやにされてしまい……。あまりに悔しくて、作品を入れた風呂敷包みを持ってノートルダム寺院の石橋の真ん中で大泣きしたのを今でも覚えています」

ただし、このままで終わらないのが長浦流。

「友人にフランス語の契約書を作ってもらい、『ここに書いた条件で取引をしたい』と再訪しました。するとマダムは、『今度は紙に書いてきたの? 勉強したわね』とまったく悪びれず、ニヤリ。悔しさ倍増ですよ(笑)。でも、結果的にマダムは私の作品を気に入ってくれましたし、フランスらしい文化やセンスなど教わったこともたくさんあって、帰国前には一緒にお茶を飲んだり、とても思い出深い存在になりました。

正直、最初に断られた時点で挫けそうになりましたけど、相手が間違っていることは『あなた、間違ってます』ときっちり伝えました。ごまかされるのがイヤなので誰であろうと、言葉が通じなかろうと、面倒に感じたり、諦めようとは思わなかったですね」

壁にぶつかるごとに、シンプルなスタンスに立ち戻るのが長浦の強さだ。恐れず、面倒がらず、目の前の課題に全力で向かい合う。

芸術の都、パリにいたなら、さぞかしさまざまなデザインに触発されただろうと思いきや、「ショウウィンドウや美術館で見たものが、そのままデザインに結びついたことはない」と言う。パリで得たなにより大きなものは「もっと自由に考えていい」という概念だ。

「具体的には、『黒』と『全体像』の感覚です。先ほどのマダムに『なぜ黒を使った作品がないのか?』と尋ねられ、日本ではおめでたくない色だと説明しました。すると『わかったけれど、ノワールはノワールで素敵な色なのにね』と言われ、黒は『色』のひとつなんだ! と再発見した思いでした。その時の自分にとって、水引の世界では黒をもはや『色』として認識していなかったので、概念が覆った感覚で。

また、パリでは一流デパートといえどラッピングの細部はおおらかと言いますか、はっきり言って雑でした。なのに、ラッピングとしての全体像を見ると、華やかで存在感がある。フランスを離れる際、生水引が少し余ったので、欲しい方に分けようとしたときも『まっすぐな状態のままで欲しい』と言われたんです。どうするのか尋ねたら『このまま額に入れて飾る』と。その“引きで全体像を見る”感覚が非常に新鮮で、フランスならではだと感じました」

時代の許容範囲と自分のカラーの境界線を恐れずに攻める

時代の許容範囲と自分のカラーの境界線を恐れずに攻める

帰国後、フランスで得た感性を生かして、ある企業の依頼で黒やチャコールグレーを使ったご祝儀袋をデザインし、それが大人気商品となる。その後、会社を退職。地元の福岡に戻ってからブログで発表していた水引作品が雑貨・文房具メーカーの目に留まり、ビビッドな色を使ったポップなデザインのご祝儀袋を企画。そのメーカーの売れ筋の定番商品となるまでに成功した。

 

しかし、「変わったことをしているつもりはない」と長浦は語る。

「結び方ひとつとっても、あわじ結び、亀の子結び、梅や鶴と今まで脈々と受け継がれてきたものばかりですし、赤白を使う場合は『右紅左白(うこうさはく)』という古来の決まりごとの通り、向かって右側を華やかな色に、左側を神聖な色にするようにしています。タブー視されていた黒やグレーを使う場合も『人が見てハッピーな気持ちになれるもの』『おめでたいと思えるもの』『失礼にあたらないもの』という本質は外さないように気を使いますしね。

ただ、これまでの水引細工は“盛れば盛るほどいい”という考えや流れが強かったので、引き算してもいいんじゃないかなと。そのほうが、今の時代やスタイルに合っているし、受け取る人も喜んでくれるだろうと思ったので、削ぎ落としたデザインにしたところが、旧来のものとは違う部分だと思います」

当時は、「このご祝儀袋、水引を3本しか使ってないけど売れるの!?」と周囲がざわついたという。

「でも、今ではシンプルな水引細工のご祝儀袋も珍しくなくなりました。伝統的な水引といえど、時代の感覚や生活スタイルを俯瞰することが大切なのでは、と。時代の感覚というのは、アメーバみたいに常に形を変えると考えているんです。その境界線を攻めるためには、自分のアンテナの精度を上げておくのはもちろんですが、そもそも攻めることを怖がっていてはなにも変わらないと思います」

決して、奇をてらっているわけではない。彼女がメーカーからの依頼ではなく、オリジナルの商品として制作したTIERのご祝儀袋を見ればよくわかる。このシリーズは「年齢を重ね、TPOも変化していくなかで“とても上質なスタンダード”を求めるようになってきた」ことで制作された。

 

「紙漉き職人・水引職人とつくるご祝儀袋」
長浦ちえが、オリジナルの商品として手がけたご祝儀袋。和紙は、外包み、内包み、短冊すべて楮(こうぞ)繊維のみで作られた手漉き和紙。水引は、日本で唯一手こき・手染めを行う水引職人が作成し、ふっくらとしたハリと風合いが特徴

「今は、自分らしい結婚式をする方が多いですし、ここ5、6年くらいで新たな業種の方々が加わったこともあり、さまざまなデザインが出てきたように思います。でも、贈る目的や水引らしさ、相手を敬うという本質的なところを押さえていないものは、いずれ淘汰されるのではないでしょうか。

たとえばマグカップは、見て気に入ったら、自分で使うこともありますよね。でも、水引の場合は、その多くは誰かに贈るもの。だからこそ、ほかの商品を企画するときよりも、渡す側と渡される側のコミュニケーションツールであることを徹底的に考えます」

水引デザイナーという
新たな職業を生み出すまで

「世の中が求めるもの」と「自分の色」。ときに相対することもあるが、まずは冷静に観察することが「コミュニケーションを豊かにする」デザインのアイデアには不可欠といえる。水引を通して、そうしたデザインを提案していきたいと思ったからこそ、長浦は「水引デザイナー」という職業を新たに生み出した。

「代官山 蔦屋書店オリジナルぽち袋 #2 / 2014」
水引で表現された“BOOK”の文字がユニークなポチ袋。個人的に制作していた作品が代官山 蔦屋書店の目にとまり、実際に2014年に商品化された

代官山 蔦屋書店オリジナルぽち袋 #2 / 2014

「代官山 蔦屋書店オリジナルぽち袋 #2 / 2014」
水引で表現された“BOOK”の文字がユニークなポチ袋。個人的に制作していた作品が代官山 蔦屋書店の目にとまり、実際に2014年に商品化された

「家業で水引をされている方や水引工芸の作家はいたと思いますが、このようなスタイルで『水引デザイナー』を始めたのは私が最初かもしれません。それまで多くの人が、人生の節目にしか目にしないものだった水引を暮らしに寄り添ったものとして書籍を出版したり、また企業広告やアートなど、ビジュアルデザインをメインに活動する事例はほとんどなかったと思います。

なので、水引で独立すると言ったときは、知り合い全員に心配されました。ひとりで作れる数には限界がありますし、そもそもどうやってお仕事が発生するの? って(笑)。でも、奇跡的に独立して最初のお仕事がポスターのビジュアルデザインでした。水引でアートを作り、しかもアートディレクションまで任されて、カメラマンやグラフィックデザイナーにも自分で声をかけて完成しました。水引とフォントの雰囲気など、細部に至るまで世界観をまるっと作ることができたのは、その後の活動につながっています」

現在は、水引をベースにした広告や書籍、プロダクトのデザインがメインの仕事だ。どれがいちばん好きかと尋ねると「全部です!」と即答が返ってきた。

「私は『古典からロックまで』すべてやりたいんです(笑)。“古典”の代表は、ご祝儀袋のような伝統に基づくもの。“ロック”の代表は、母校である福岡女学院の創立130周年イベントで作ったバッハの肖像画ですね。これは、水引でバッハの顔を作ってみたんです」

 

2015年に母校である福岡女学院の創立130周年イベントのために、アートディレクションを手がけた広告。バッハの髪から顔、服などがすべて水引でつくられている

よく見ると、バッハの巻き髪がいくつものあわじ結びで表現されている。「素材自体もおめでたいものですし、あわじ結びで人や縁がつながり、150周年、200周年と続きますように、という思いも込めたかった」と長浦は語るが、なんとも斬新なアイデアだ。

はたして、こうしたデザインを考えるときは、なにを参考にしているのだろうか。

「水引を手に持って結びながら動かしていると、なにかしらアイデアが浮かんでくるんです。たとえばフラミンゴの水引細工は、鶴を結びながら『これは白鳥にもなるなあ……あれ、フラミンゴにもなるかも?』という感じで思いつきました。

ほかにも、基本のあわじ結びも緩めたりきつくしたりしていたら『この形、ティーポットに見えるやん』とか(笑)。そのときは、美味しい紅茶のお店に行ったときの記憶をブログに書きたくて水引を触っていたので、誰かを喜ばせたいとか、誰かに伝えたいなど、相手があるとデザインが浮かびやすいというのもありますね。事前にイラストを描いて、それになるように結んでいくということはほぼありません」

「FRISK」は
「プロフェッショナルな味」

 

そんな長浦は、アトリエのデスクに必ず「FRISK」を置いているという。

「エチケットとしても気分を切り替える意味でも、打ち合わせや商談前に食べることが多いですね。定番はスペアミント。スースーしすぎない味もいいんですが、軽やかな水色のロゴが好きなんです。この明るい色を見るだけでも気分転換できます。

タブレットとしては『FRISK NEO』の大きくて三角形の粒が好きですが、パッケージはコンパクトで持ち歩きやすいオリジナルのほうが好みですね。ただ、きちんとふたを閉めていないことが多くて、よくコートのポケットやバッグの中に白い粒が散乱していて……(笑)。『FRISK』は、きりっとシャープな刺激でプロフェッショナルな味というか。だから、やっぱり手に取ってしまうんですよね」

「結ぶ」行為がもたらす
穏やかな気持ちを世界へ広めたい

実は、水引細工は必ず人の手によって結ばれているという。どんなに簡単に見える結びも機械化はされていない。

「世の中で売られているご祝儀袋や贈答品の水引細工はすべて、すべて人が一つひとつ結んでいるんです。自分のためではなく、相手へ贈るものとして結ばれている。それは本当にすごいことで、実際に結ぶことに集中していると、おのずと祈りにも似たやさしい気持ちになります。

“結ぶ”の語源は『産霊(むすひ)』といわれ、結び目に新しい魂が宿るといいます。結ぶという行為を通して、相手への思いや贈り物に宿す気持ちなど、目には見えないものを意識することで穏やかな気持ちになれるんです。かわいい見た目だけではない、そういった日本人の細やかな感覚を、水引を通じて世界に広げていきたいですね」

長浦の思考はいつも「アイデアのためのアイデア」ではなく、「相手ありき」とシンプルだ。だから、悩むよりもまず手を動かす。そこから、さまざまなひらめきが飛び出してくる。これこそが「案ずるより産むが易し」の真髄なのかもしれない。

水引デザイナー
長浦 ちえ

ながうら・ちえ/1979年、福岡県生まれ。2003年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業。企画メーカーのデザイナーとして水引に関わる商品開発に携わる。2004年に渡仏。帰国後は、広告のデザインや企業のオリジナル商品を手がける。2013年、自身のブランド「TIER(タイヤー)」を設立。プロダクトのほか、企業広告や雑誌のデザイン、イベントのアートディレクションなど幅広い分野で活躍中。

text:FRISK JOURNAL
photo:有坂政晴(STUH)