FRISK JOURNAL

2018.03.07 Wed

喜多川歌麿の美人画とプリクラの共通点とは?
/東京大学大学院 特任研究員 久保友香

 

斬新なアイデア・ひらめきをきっかけにイノベーションを起こした人たちにフォーカスするインタビュー企画。今回ご紹介するのは、「シンデレラ・テクノロジー」を研究する久保友香。

喜多川歌麿の美人画とプリクラの共通点とは?/東京大学大学院 特任研究員 久保友香

「シンデレラ・テクノロジー」とは、「女の子が、実際よりも理想的なビジュアルアイデンティティーを持つことを支援するコミュニケーション技術」のことだ。これまで、流行現象としてしか語られてこなかった「盛り」や「デカ目」にものさしを当てて、数値化することに成功。さらに、その技術をプリントシール機企業との共同研究へ応用しているほか、自撮り写真の「盛り」を計測できる装置を開発した。

ウェブやSNSの発達により、バーチャル世界でのアイデンティティーに注目が集まる昨今。バーチャル世界での変身像に近づくために、リアル世界でメイクを施すという現象も珍しくなくなってきた。久保の「シンデレラ・テクノロジー」による“「なりたい私」をかなえて公開する”という理論や技術は、バーチャルからリアルへの自己実現を支援するテクノロジーでもあるのだ。オンラインにおけるアイデンティティーが、リアルなアイデンティティーと同等、またはそれ以上に重要になりつつある現代では、若い女性に限らず年齢性別を超えてこの動きが波及していくことが考えられ、多くのIT関連企業が着目する分野でもある。

彼女は、いかにして「シンデレラ・テクノロジー」の確立に至ったのだろうか。

「日本人の美の数値化」の成功と、
その裏で感じ始めた物足りなさ

リアルアイデンティティ バーチャルアイデンティティリアルアイデンティティ バーチャルアイデンティティ

SNSなどに本来の自分の顔とは違うデフォルメされた顔をアップする女性たちは、「リアルな自分」と「盛った自分」のふたつのアイデンティティーを持っていると久保は分析する

TV業界に従事していた両親の影響で、久保は幼い頃から「大衆文化や芸能が大好きだった」と言う。

「食事のときは芸能ニュースばかり話しているような家族でしたし、大事なことはすべてTVや漫画のなかにあると教えられてきました(笑)。一方で、高校までは数学が本当に好きで、数式を解くのが気持ちいいと思っていたんです。大学では理工学部を選択したのですが、大学院に進むときにはもう少し自分らしいことがやりたいと思っていました」

大衆文化と数学。ふたつが相まった結果、久保は大学院で「日本人の美意識を数値化したい」と考えるようになる。“おもてなし”や“粋”といったさまざまな概念を数値化しようと試みたが、無形のものを数字に落とし込むとなると納得のいく結果が得にくかった。そこで久保が着目したのは、浮世絵など日本の絵画に見られるデフォルメ表現だ。

 

「西洋で、絵画を写実的に描くための透視図法が発明されても、日本ではそれに従わずに描かれていました。日本の絵巻は平行投影で描かれていますし、浮世絵も、例えば歌川広重の『富嶽三十六景』などは、透視図法に従えばあんなに大きく富士山が描かれるわけがない。日本の絵画はデフォルメして描かれているものが多いんです。日本に透視図法が伝わってきたのは1739年という説があり、それから1800年くらいまでは透視図法に従った『浮絵』という絵画も多く見られますが、それ以降はほとんどなくなります。

つまり、江戸後期の浮世絵師は、透視図法を知らなかったから、それに従わなかったわけではなく、知ったうえで、あえて崩して描かれているんですね。そのズレに日本人の美意識が現れているのではないかと思い、数値化を試みました。有形化されている絵であれば、美意識が計測できるのではないかと考えたんです」

当時、2005年頃は世界のアニメーションが3DCGで作られることが標準となっていった時代。日本の絵画の特徴であるデフォルメの構図は、手描きならばできるが、透視図法を原理とする3DCGで描くことは難しい。そこで、「透視図法に従わない構図を3DCGで作る構図法」を博士論文のテーマにし、日本の伝統的な絵画のような構図を自動的に作るソフトを制作する。「Ukiyo-engine(浮世エンジン)」と名付けて海外でも発表し、「ヨーロッパではレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を「Ukiyo-engine」で加工して見せたりして、とても面白がってもらえた」という。その成功を受けて、そのまま日本のデフォルメの数値化を続けたいと考えた久保が、次に目を向けたのが「美人画」だ。

「700年代に、高松塚古墳の壁画に描かれたものが日本最古の美人画といわれていますが、以来、約1,300年ものあいだ、美人画は描かれ続けてきました。これらの美人画に特徴点を打って計測、数値化し、その特徴を見てみると、大きく4つの期間に分けられました。同時期の美人画は数値的に非常に似通っていました。異なる人物が、異なる女性を描いているのにもかかわらず、似ているということは、デフォルメされていることがわかります。そこで、いかに“写実でないか具合”を数値化しようと思ったんです」

7世紀末〜8世紀初めに描かれた、高松塚古墳の極彩色壁画。西壁の女子群像は「飛鳥美人」といわれている。7世紀末〜8世紀初めに描かれた、高松塚古墳の極彩色壁画。西壁の女子群像は「飛鳥美人」といわれている。

7世紀末〜8世紀初めに描かれた、高松塚古墳の極彩色壁画。西壁の女子群像は「飛鳥美人」といわれている。

折り紙を折るようにすると、浮世絵風の顔が簡単に作れるという数式を開発し、「Orikao Method(折顔メソッド)」として発表した。「日本の美意識を数値化したい」という久保の思いは達成されていったのだが、その裏で久保は「物足りなさを感じ始めていた」と話す。

紙を折るというシンプルな方法で、現代の人の写真を歴史の美人画のようなデフォルメ顔に変換できることを実証した「Orikao Method」。日本における美人画のデフォルメの特徴を、700年〜、1700年〜、1900年〜、1950年〜と大きく4つに分け、各時代の美人顔に簡単に変身できる数式を発見。

「やりたいことがやれたという達成感はありましたが、技術の研究者としては、どちらも過去の分析だけに終わっていることに忸怩(じくじ)たる思いがありました。しかし、日本の歴史のなかに、未来の世界にも活かされるものが必ずあるという確信がありました。過去と現実をつなげ、未来につながるような研究をしたいという気持ちが出てきたんです」

現代のデフォルメ表現は「盛り」だと
ひらめいたきっかけは、女子大生の会話

その後、助教として勤務し、業務に追われる日々が続いた。そのうち「自身の研究テーマをもっと真剣に考えたい」という思いが募り始め、久保は30歳を目前にして教員職を退く。

「どんなに細々としていてもいいから“これが自分”という道を見つけたかったのですが、自分は並行して物事ができるタイプではないし、大学にいると面白いテーマがあふれていて誘惑が多い。自分のテーマを絞り込むためには情報を遮断するしかない、と」

「Ukiyo-engine」や「Orikao Method」のなかに、必ず未来との接点があるはず。

 

そう信じて、教員職から離れた後は、自身の研究を何度も見直しては情報を整理し直す日々が続く。ある日、大学の図書館で調べものをしていたときに、近くにいた女子大生たちのプリクラについての会話が耳に入る。久保も、プリクラに“どハマりした世代”だ。高校3年生から大学1、2年生のときには、プリントシール機で撮影したシールを貼る“プリ帳”と呼ばれる手帳も持っていたが、それ以降はすっかり遠ざかっていた。

「そういえば忘れちゃってたな。懐かしい」そんな軽い思いで、帰宅途中にあるゲームセンターで久々にプリクラを撮ったところ、衝撃を受ける。久保がプリクラから離れて約10年の間に、目を大きくしたり、美肌にしたりなど、自動で写真加工ができるようになっているという超進化を遂げていたのだ。

「それを見て、『私が思っていたことはここにあった!』とわかりました。歴史のなかで千数百年ものあいだ培われてきた美人画のデフォルメ表現が、現代の女の子たちが用いるプリクラに引き継がれている。そしてそのデフォルメを、女の子たちは“盛り”と表現としていることがわかったんです」

「なりたい自分を現代技術で叶える」ことが、シンデレラ・テクノロジー誕生の原点

プリントシール機で自動加工ができるということは、当然、加工を実行するためのプログラムがある。そのプログラムの背景には、開発メーカーが導いた数式があるはずだ。

1 セルフィーマシン 2 ソーシャルステージ 3 プラスチックコスメ1 セルフィーマシン 2 ソーシャルステージ 3 プラスチックコスメ

「シンデレラ・テクノロジー」では、プリントシール機やスマホアプリなど、自分がなりたい“理想的な自分”にバーチャルに加工するマシンを「セルフィーマシン」。その“理想的な自分”を公開するためのSNSなどを「ソーシャルステージ」。そして、リアルな自分がバーチャルな自分に近づくためのつけまつ毛やカラーコンタクトなどを「プラスチックコスメ」と分類している。

そう考えた久保は、プリントシール機メーカーの開発者にアポを取り、話を聞きに行ったが、技術的な話に終わり、根底にある「現代の女の子たちが持つ美意識」という話まで行き着かなかった。そんななか、2010年夏に出向いたプリントシール機メーカー「フリュー株式会社」で、ようやく手応えを得た。開発担当者はもともとプリクラが大好きで、数式などエンジニア的な話だけでなく、現代の女性たちの“なりたい私”像とはなにか、それをどう叶えるかという踏み込んだ話にまで至った。

「フリューの開発担当者の話を聞いて、プリクラが作る顔の特徴も、大きく変化してきたことがわかったんです。そのことも、美人画のデフォルメ表現の特徴が変化してきたことと重なりました。科学において美人顔は、平均顔や黄金比などの不変の真理があると考えられていますが、美人画の顔もプリクラの顔も変化しています。そこにも日本人の美意識が表れているのではないかと考えました」

「プラスチックコスメ」のアイテムであるつけまつ毛。アメリカや中国で人気のつけまつ毛を収集し、国ごとの違いや傾向を分析することも。

「プラスチックコスメ」のアイテムであるつけまつ毛。アメリカや中国で人気のつけまつ毛を収集し、国ごとの違いや傾向を分析することも。

童話『シンデレラ』のなかで、主人公は魔法使いの力で美しい姿へと変身し、舞踏会でその美しさを披露する。一方、現代の日本の女の子たちは、プリントシール機や進化した化粧品を駆使して理想の外見へと変身し、その姿をSNSなどのソーシャルメディアで披露する。両者に共通するのは「変身」と、その姿の「公開」だ。

そうした「変身」と「公開」を叶えるためのビジュアルコミュニケーション技術を総称して、久保は「シンデレラ・テクノロジー」と名付けた。

「日本の女の子たちは、自分がよければいいのではなく、あくまで仲間に受け入れられることが大事。その点でシンデレラとは異なります。彼女たちはコミュニティーに協調することと、そのなかで自分らしさを出すこと、その両方に命をかけています。それらを言葉よりもビジュアル、外見で表すので非常にビジュアルコミュニケーションに長けている。そこには、日本人が日本語の弊害を超えて、世界とコミュニケーションする未来のヒントがあるのではと思って、研究や観察を続けています」

情報を遮断して思考を整理することが、問題解決の近道

 

「伝統的な日本人の美意識を数値化し、未来につなげる」という自身の道を切り拓いた久保。現在の仕事は、大きく分けてふたつ。ひとつは、ウェブ上の画像の分析、そしてもうひとつはフィールドワーク。実際に、女子高生や女子大生に会いに行き、話を聞く。フィールドワークをできるだけ客観的に行うために、顔の3次元撮影をできる装置や、アイメイクを延々撮り続ける装置などの開発も行っている。

「ビッグデータをいかに利用するかという時代に、ひとりずつ会うというのは効率が悪いのですが、やはり話を聞かないとわからないことが多いんです。なぜ、盛るのか。「かわいいから」「なんとなく」としか返ってこないなか、根気強く掘り続ける。すると、彼女たちが当たり前や無意識にしている技術の利用の仕方のなかに、未来の技術のヒントが見えてくるんです」

これからのトレンドは、「いかに『自然体』か。いかに自然に別人になれるかかが重要です。技術を駆使しつつも、いかに自然体に見せるかが勝負」と語る久保。こうしたことから、さまざまな企業との連携も行っている。

ちなみに、久保は自身の思考時に情報を遮断する。PC、インターネット、スマホを切り離し、用意するのは白い紙とペンのみ。忘れたくない単語やキーワードを羅列し、それを見ながら徐々に図式化、できるならグラフ化していくという方法だ。

「悩んだら情報を遮断し、紙と向き合って思考を整理します。自分で出した問題にあきらめずに向かう。絶対解けるはずだと思っていますし、解けないときはその理由があるはず。理由がわかるだけでも問題は解決しますから」

日本人がいちばんになれる「モノサシ」を作りたい

久保は自身が“盛ること”に対して「興味がない」と話す。だからこそ、盛る女子たちの願望の強さや行動力に興味が湧く。離職していたときも「『Popteen』は定期購読し続けていた」と言うのだから、いかに関心を抱いているかがわかるだろう。

では、彼女たちに代表されるような「数値化した日本人の美意識を未来につなげる」ことで、久保が最終的に目指すものは何なのか。

「日本から世界に向けて評価指標を示すことの一翼を担いたい。ノーベル賞やミシュランガイドなど、日本は他国のモノサシでしか勝負しないから、いちばんになりづらい。私は、小さい頃から『自分には何もできない』と自覚していました。運動もできない、給食も食べるのが遅い。両親が『何か見つけてあげたい』と通わせてくれた塾の試験で、たまたま順位表の上位に自分の名前があったとき、モノサシが変われば、劣等生が優等生になれることを知りました。日本の女の子が世界でいちばんになれるモノサシを示すことが目標です」

「シンデレラ・テクノロジー」の開発で、自身が輝ける場所を見いだした久保のひらめきの源泉は、「人が輝けるモノサシを作る」ことにあると言えるだろう。

東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 特任研究員
久保友香
くぼ・ゆか/1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師などを経て、2014年より現職。専門はメディア環境学。

text:FRISK JOURNAL
photo:有坂政晴(STUH)